家族にしかない「生き方」や「家族の関係」における独自の価値観を創り上げられれば、『かけがえのない宝物』になると思います。
築紡 一級建築士事務所 代表 根來 宏典
経歴を簡単にお願いします。
建築への道を意識し出したのは、中学生の時に親から工業高校への進学を薦められたことが始まりかと思います。特に建築に興味があったわけではないのですが、図画工作が好きだったので、行くなら建築かな?くらいの感覚でした。小さい頃から新聞の折込広告で住宅の間取り図を見るのが好きだったということも関係しているかもしれません。ただその地点では、急いで自分の将来を決めなくてもよいかな?と思い、普通科に進みました。その後、大学進学にあたっても気持ちは変わらなかったので、建築学科を選びました。当時は情報が少ないせいもあったのですが、丹下健三も安藤忠雄も知りませんでした。
大学1年の時に、先輩に建築の展示ギャラリーに連れて行ってもらって、そこで初めて建築家という存在を知ることになります。「スゲェー、こんなかっこいい仕事があるんだ!」って興奮しましたね。そうすると就職も、いわゆるゼネコンや大手設計事務所に入って、ビルなどを手掛けるところではなく、小さなアトリエ事務所になる訳です。
バブル崩壊後の超就職氷河期でしたが、たまたま、師・古市徹雄のアトリエに入れました。師の元で丸7年修行し、その後は嘱託としても在籍し、様々なプロジェクトに関わらせて頂きました。そこでは、主に公共建築などの大型の案件が多かったです。博物館や水族館、体育館、役場庁舎、コンサートホールなどです。
住宅設計の経験は乏しいまま独立しましたが、建築で大事なのは自分で考える力です。特に住宅の場合、家族それぞれに暮らし方が違います。住宅とはこうあるべきだといった固定観念を持っていては、その家族固有の住まいを設計することはできません。その部分はしっかり修行させてもらったので、独立して住宅を手がけることになった際にも、まったく違和感はありませんでした。今でも住宅って何だろう???と思っています。住まいへのこだわりは人それぞれ。先入観は持たず、すべて一つ一つの住宅に真摯に向かい合っています。実際、住宅の設計を重ねるごとに、その奥深さがとても面白く、のめり込んでいっている感じです。今では、大型建築と住宅のどちらを取るかと言われたら、間違いなく住宅を選びますね。
なぜ博士課程を?
師のもとを離れる時、幾つかの選択肢を考えていました。貯蓄はそれなりにしていましたし、その資金を使って、建築を巡る旅に出るとか、海外の設計事務所で働くとか、早々に独立して事務所を構えるとか。そのうちの一つが大学院に行くことでした。
それまで文系の勉強をまったくしていませんでしたので、論理的思考が劣っている部分などの反省がありました。本をたくさん読めばすむことかもしれませんが、インプットだけでなくアウトプットできる力をつける為には、論文を書くことがより実践的かと思い、出身大学の先生に相談したところ、「どうせ修士としてくるなら博士課程まで来たら?」と言われました。私的には修士(2年)と博士(3年)とを合わせた5年もかける時間もお金もありませんでしたので、お断りしたのですが、修士以上の能力が認められれば、修士課程を飛ばして博士課程から入れると教えてくれました。
博士課程は修士課程と違い、より高いレベルで荒波に揉まれます。別に博士号が欲しい訳ではなかったのですが、それも自分の目的には合っていると思いました。その3年間は社会人大学院生という扱いだったので、働きながらも通えました。おかげで論理的思考力を培え、今では建主さんや職人さんたちとのコミュニケーションにも役に立っています。
独立後の仕事は?
大学の研究室の同期が、家を建てるので相談に乗ってくれと話がありました。それをきっかけに住宅の仕事がコンスタントに入ってくるようになりました。
ただうちは、年2件しか仕事を受けないようにしています。僕の能力不足でもありますが、やはり受けた依頼はきめ細かに対応していきたい。建主さんはもちろんですが、職人さんに対しても、自分自身に対しても丁寧な仕事をしていきたい。それ以上の仕事を受けてしまうと質が下がってしまいますし、何より仕事が楽しくなくなるからです。目先の利益にとらわれないこと。細く長く仕事を続けたいと思っています。
近年工事費が高騰していますが?
ずっと上がりっぱなしですよね。震災や増税、オリンピックなどをきっかけに上がっています。建てたいけど建てられない方が多くなっています。そのせいか、建売りはもちろんですが、リノベーションも増えています。どうしても建てたい方は、できる限りの方法を考えますので、諦めずに相談していただければと思います。
確かに建売りは、実物もあり値段も明確で分かりやすいです。私たちは図面がないと金額も出ませんから、難しいのは分かります。それが商品化された住宅と、現場で職人とつくる住宅との違いですし、自由度の違いとなって表れるわけですが、一長一短かと思います。
あとメンテナンスについても、その本質を考えておいてもらいたいですね。プレファブ住宅は、施工を請け負ったメーカーでしかメンテナンスできないようなシステムになっていることが多いですし、ツーバイフォー工法は、間取り変更を伴うようなリノベーションは難しくなります。在来工法であれば、どの工務店でもどの大工さんでもメンテナンスができます。それが木造住宅の良さでもありますので、後々のことを考えるとお薦めです。メンテナンス費も高騰していますので、維持管理の面も含めて考えなければいけません。経年劣化ではなく、美化するような素材も選んでおきたいですね。
基本的にうちに依頼される方は、できるだけ既成品を使わない、手作り感を求めていらっしゃいます。多少値段が高くても、良い仕事をしてくれる職人さん、工務店を使って欲しいという前提があります。そういった趣旨を、こちらの方でもしっかりご説明する時間をとってご納得頂けるようにしています。
中には無茶なコストダウンを要求する方もいますが?
私の建主さんにはいないタイプなので、一般論にお任せしたいと思います。付け加えるとすると、見た目はそんなに変わらないかもしれませんが、実際に住み始めて、本当に住み心地の良い家になるのでしょうか。また、その家に長く住んで愛着が持てるのかというところも大切にしたいところです。
依頼される経緯は?
ホームページからのお問い合わせと、親しくしている作り手さんからの紹介が多いです。僕自身の人となり、デザインの癖や傾向まで見ていますから、紹介しやすいのかもしれません。
特に職人さんからの紹介は嬉しいですね。職人さん達って正直なんです。仕事自体の厳しさもありますが、職人さんを抱えている工務店の良し悪しなどの周りの環境にも敏感です。そういった職人さんと繋がっていられるのは有り難いですよね。
職人さんは人材不足では?
職人さんの高齢化が危機的な状況です。工事費の高騰もありますが、衰退していく技術をどう守っていくか。残念ながら、なかなか若い人のなり手がいません。若い職人さんにとってはチャンスだと思うのですが。競争相手もあまりいませんし、昔と違って丁寧に教えてくれます。
僕たち建築家は、そういった方々を大事にし、ちゃんとお金が落ちるような仕事を共有しなければなりません。外国人労働者が多く入って低賃金で使われて、そこに腕のある職人さんが、賃金を合わせられてしまう現実がある。こういった問題も何とかしないといけませんね。
職人さんの質も、できるだけいい職人さんと付き合うようにしています。そうすれば類は友を呼ぶではないですけど、高いレベルの仕事をする人たちが集まります。みんなが良い循環になって職人さんも育っていければ良いですね。
お客様への提案はどういうもの?
自分が説明ばかりするのではなく、建主さんがどう感じているかを大切にしています。
図面だけでなく、はじめから1/50の模型を提示しているのですが、説明によって印象付けられるのではなく、それを見て暮らしぶりを想像できているか、理想の暮らしを思い描けているか。そういった言葉を建主さんから引き出すようにしています。その言葉は、住まい手にとってのオリジナリティですし、自分らしい暮らしを手に入れる大切なプロセスだと思うのです。
デザイン趣向も建主さんによって違いますが、日本で手に入る木材や石、そして職人の手仕事を取り入れ建てますので、必然的に和の要素が入ってきます。時代と共に、受け継がれてきた日本の建築文化が失われていますので、現代的な耐震性や断熱性を確保しつつ、伝統的な技術を意識して作っている部分はあります。
さらには、周辺環境を読み取り、プライバシーを守りながらも採光や通風を確保し、庇で日射をコントロールする。そういった空間構成は、外部との繋がりや、空間に広がりをもたらすとともに、温熱環境の向上や住まいの健康にも繋がります。そんな日本の建築文化が培ってきた知恵を活かしたいと思っています。それと外構部も重視したいですね。緑が好きですし、そこも含めての設計と考えています。
以前の建主さんでいらしたのが、工事予算は2400万円、要望をお聞きすると坪100万円は必要です。いくつか選択肢のある中、その建主さんが選んだのは、建物の大きさを24坪にすることでした。
お子さんが3人いらっしゃるので、十分な広さではないかもしれませんが、しっかり決断されました。要望を抑えていけば坪単価も抑えられ、建物を大きくすることもできます。安易な妥協をしない建主さんと巡り会えたのは幸せでしたね。
奥様は、ママ友たちに「うちは小さいから」と言っていたみたいですが、実際に見に来られたら「全然小さくないじゃない!」と羨ましがられたそうです。
確かに延床面積は小さいのですが、いろんなところを工夫して広がりを感じることができますし、家族との距離感も近い。開放性があって、夏は通風しがよく、冬は大きな窓から暖かい陽射しを取り込むことができます。住み始めて、暮らしやすく居心地が良いと、すごく喜んで頂いております。信じて依頼して頂いて感謝しています。
今後の方針は?
基本的には変わらないですが、仕事の幅を広げるというより、深めていこうと思っています。
いろいろな価値観を持った建主さんと出会えることが、この仕事の楽しさです。
自分の得意分野をアピールすることは、商法的に有効かもしれませんが、住宅設計者には“総合力”が必要だと思っています。
例えば、高気密・高断熱だけを追求しても、換気効率が悪ければ結露のリスクが高まりますし、外観の造形やインテリアが美しくても、生活動線が不便であれば日常生活に不都合が生じます。収納計画も大切ですし、耐震性も必需です。そういった意味で、一部分だけではなく、多角的な総合力を持って、時代に即した設計をしないといけません。そういう力を高める為には、常に自己を成長させていくことが必要です。
それは一人で出来ることではなく、ともに成長する仲間を持つことが大切です。建築家仲間であったり、素材の生産者であったり、工務店や職人さんであったりと、人との繋がりから生まれてくるものだと思っています。それをしっかりと建主さんや社会に対して還元できるような建築家になりたいと思っています。
職人とは本来、技術の向上と己の研磨にすべてを捧げる生き方だと思うのですが、そういった意味では、住宅に魅了され、納得のいくように作っていく方法を取られているのでしょう。年2件の受注がそれを物語っています。ただその生き方は決して独りよがりなものではなく、職人としての矜持をしっかりと持ち、お施主様の信頼を勝ち得る、まさに生き様です。その職人魂がしっかりと作品に活かされて価値あるものになっています。