東京都世田谷区
都市の宅地に多くみられる細長い形状の敷地に、2台分のガレージと中庭を配し、スキップフロアが各エリアを繋いでいくような構成としました。
シンプルなプラン・形状を、コンクリートや様々な素材を取り入れながら一つの建物として調和させています。
リビングの一部にせり出すように設けた書斎は、仕事に趣味に、またお子さんの勉強場所としても使われています。書斎にいるときも、リビングやダイニングキッチンとのやりとりや、3階のプライベートエリアの様子も伺えるようなレイアウトになっています。
【施主様からのご感想】
<松原の家> 施主様より
古くさい言い方だが、家を建てること、城を構えることは男としての一世一代の大事業という例に漏れず、 家を建てようと思い立ったときから、私の多くの精力が「我が家の建築」に注がれるようになった。 駅近徒歩 3 分の極めて利便性の良いマンションで、心地よい空気の中で生活を送っている家族にとって、 新しい家への移住は歓迎できない提案でしかなかったようだ。 私が何にでもこだわる性格であることを熟知している家族は、「一戸建てであれば土地から探すのだろうし、 予算もあるのだから駅からは遠くなる・・・買い物は大変になるし子供の通学も・・・」と瞬時に考えが巡っ たようで、私の仕事は、まずこの反対勢力の説得から始まった。 家族から出された、今のマンションよりも都心に近くなること、駅まで徒歩で一ケタ分台で行けることの 条件をクリアすべく、まずは土地探しとなったのだが、せっかちな私は今回の計画で重要なパートを担って いただく建築家も同時に探し始めた。 後で気付いたのだが、この土地探しの段階で建築家と行動を共にする ことは非常に有意義である。ど素人とプロでは土地の見方が違う。プロはその土地を見ただけで、すぐにど んな家が建つのかを見極められるのである。 私と妻の建築家に対する条件、それは「夫婦で設計事務所を構えている」こと、そして「我々と同年代か それ以下の年齢」の二つであった。 前者は「キッチンなどの使い勝手は女同士でないとわからないことがある」という妻の希望から、後者は「 一生の付き合いになる」からである。 勿論、最も重要なのはその建築家のセンスと緻密さであることは言う までもないが、これはインターネットを駆使してその建築家のポリシーや事例を拝見して、自分の目で見極 めていくことでしか判断できない。 「この人、よくない?」と妻が私を呼んだ。まずは先の二つの条件をクリアしていることを確認し、建築事 例のアイコンをクリックする。美しくデザインされた家を建てたかった。 コンクリート打ち放しの外観、ス キップフロア、中庭、間接照明、白い大理石模様のフロア、ガラスで仕切られたバスルーム、対面式キッチン、 クールなシンプルモダンの家・・・。 「この人たちならそんな夢を叶えてくれる」と思った。 家を建てようと思い立ってからわずか 2 週間でなんとか家族を説得し、といっても家族は「どうせ何を言っ ても聞かないし・・・」と最初から諦めてはいたのだろうが、夢を託す建築家事務所訪問まで漕ぎ着けた。 U 建築設計室。古いマンションの一室にその事務所はあった。中に入ると今まで設計したと思われる建築 物の模型が並ぶ。いい感じだ。 ここに私の家の模型も並ぶ日が来るのだろうか。 まずは共に一級建築士の資格を持つ臼井夫妻と対面する。設計全般は臼井氏が、細かいデザイン重視の備 品やインテリアは奥様の葉子氏が担当する。 まずは臼井氏、せっかちな私とは時間の流れ方が違う・・・。ゆっくりと構えてまずはこちらの言うことを、 希望を全てじっくりと聞き取っていく。こちらから質問をしないかぎり、途中でいっさいの口を挟まない。 デザイナーとは往々にしてそういうものだが、どこか浮世離れしたところがある。臼井氏もそのくちだが、 そのぐらいでないと「格好のいい家」は建たないのでは、と私は思う。 一方、葉子氏の存在は絶妙である。色々な事例、実例を見て、しっかりとデザインの勉強をされてきたの であろう。安心感がある。私が存在を絶妙と表現したのは、臼井氏との関係からである。臼井氏には葉子氏 の存在は「絶妙なのであり、葉子氏の存在は臼井氏にとって必要不可欠なのだろうと、これは私たち夫婦の 共通した見解だ。 多くの希望をしっかりと丁寧に聞き取っていただき、予算の打ち合わせをして、本格的な土地探しが始まった。 比較的早く、狭いのだがある程度希望にかなった土地が見つかった。 それから何度も予算のやり取りをし たが、こちらのてんこ盛りの希望を全て叶えていてはとても予算内に収まるわけもない。臼井氏はじっくり と一つ一つ丁寧な説明を付けて、てんこ盛りの希望から余分な部分を減らしていく。 このあたり、実にうま い。それがなくなっても全体的な希望が崩れないように調整していくあたりは、さすがはプロである。 た だ、どうしても RC でという希望は捨てられず、結局はかなりの予算オーバーになってはしまったが、その へんの私のこだわりも充分に理解してくれた。 いくつかのデザイン、設計を経て、これで行こうと決まるまでにさほどの時間は要さなかった。 建物を四角い箱とするため、斜線規制に削られないように建物を最大限南側に寄せたが、採光を犠牲には しないような配慮がなされた。 コンクリートの打ち放し部分は、一部の外面と内側の壁の双方に現われるよ うに工夫され、外観はこのコンクリートと金属の有孔折板でエッジが効いたシャープなデザインに決まった。 有孔折板の穴のパターンのデザインは葉子氏が担当された。他にはないオリジナルのパターンは高級感が あり、外観のデザインの中心を成すものに仕上がった。車二台が収容できる車庫を設け、狭い土地が有効に 使われた。 建設会社は小河原建設になった。以前から臼井氏の仕事を請け負っている誠実な技術力の高い建設会社である。 後に現場監督の柴原氏から聞いたのであるが、臼井氏の仕事はやり甲斐があるものの、なかなか大変である ということらしい。自分のデザイン哲学を決して曲げることなく、妥協せずになんとか実現しようとする姿 勢がときとして無理な注文になることもあり、監督泣かせなのだ。 勿論、そうは言ってもなんとかそれを実 現してしまう建設会社の技術力もたいしたものなのだが、きっと信頼感で結ばれたいいコンビなのだろう。 臼井氏のデザインは頑固であり、ブレることはない。ときには施主の希望をも変えてしまうほどで、いつぞ や水道の蛇口を中庭に付ける付けないで意見が分かれたときに「これは○○さんのためを思って申し上げてい るのです!」と強く言われたことがあったが、正直驚いた。これは今も我が家での名言集の中に入っている。 こういったように、施主と建築家との意見がぶつかることは結構あるように思えるが、うちの場合、結局 は臼井氏の言うことを聞いておいた方が良かったことが多く、餅は餅屋と納得した次第である。 とにかく些細な部分にもこだわりが多く、こんなところ見ないのにと思うところでもしっかりとデザイン をする。窓や壁の出っ張り、階段の線をきっちりと合わせる。空間の広がりや目線、景色の取り入れ方に細 心の注意を払う。内部に立体感を持たせ、遠近法を駆使して部屋を広く、奥深く見せる。臼井氏のデザインには、 葉子氏の的確なサポートもなくてはならないものであり、その貢献度は高い。 インテリアと照明にこだわりがあった私は、積極的にその選択に関与した。ソファは、まずそのソファあ りきでそのサイズに合わせてリビングの寸法を調整してもらった。 照明は LED にこだわり、その中でも 器具のデザイン、演色性には特にこだわり、心地よい空間を演出できるように努めた。その部屋のシンボル となるような照明器具は、国内外を問わず、妥協することなく根気よく気に入ったものを探し続けた。 妻はキッチン、ダイニング、収納にこだわり、臼井氏を通してキッチンと一部家具のデザイン、制作をお 願いした Linea Talara との打ち合わせを繰り返した。
RC は徐々にコンクリートを打ち上げていくため、その乾燥の時間も入れるとなかなか建物の形が現われ てこない。一度打ち上がると修正が効かないから、照明やコンセント、冷暖房に換気扇の位置まで、一つ一 つが打ち上がっていく度に詳細な打ち合わせが必要となる。 何度も何度も打ち合わせを重ね、少しづつ工事が進んでいった。 そしてついに、1 年と 3 ヶ月の時間を要 して我が家が完成した。 シンプルモダン、こんな家にしたかった、という希望通りのものができあがった。 屋上からの眺めは予想以上に素晴らしく、西には高尾から丹沢の山々や富士山が、暗くなればスカイツリー や東京タワー、六本木ヒルズなど、夜景が本当に見事である。そんな屋上に一人立ったとき、こう思ったこ とを私は忘れないだろう。一軒の家を建てるというのは、それは大変な労力ではあった。でも、家というも のは決して自分一人の力で建つことはない。 建築家の非凡なるデザイン、緻密な設計、現場監督の冴え渡る指揮、職人の技とこだわり・・・その全て が一つの大きな力となって建物を作り上げていく。彼らに対する感謝の言葉以外は見つからない。 そして、こんな私の突然のわがままな申し出を最後には快く受け入れてくれ、一緒になって家造りに参加 してくれた家族に、この紙面を借りてありがとうと言いたい。 今、私は家族と共に快適に生活をしている。臼井氏のデザインは、どこを見ても本当に美しい。「家を建て てよかった」と、心から思える毎日である。
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