中尾 英己 インタビュー

シンプルにつくりこむ

有限会社 中尾英己建築設計事務所 代表 中尾 英己

なぜ建築家に?


父親が建築構造設計の教授でした。幼い頃、コンクリートのつぶしの試験を見たり、研究者がパンチカードの記録媒体をチェックする様子を見ていました。私自身は構造よりも、絵を描いたりデザインするのが好きでしたので、研究室の片隅にあった模型などを見て、建築設計の世界に興味を抱いていました。高校は早稲田というブランドにあこがれて、早稲田実業に進学しました。進学してみると、学校自体、文系がメインでしたので、私にはあまり合いませんでした。結局、エレベーター進学をせず浪人をして、理系に転向しました。学習していない科目は独学し、なんとか東京理科大学理工学部建築学科に進学しました。

最初に働いたところは、大学の先輩の設計事務所FPA inc. という会社です。その先輩も北川原温さんの設計事務所で、渋谷のライズビルを担当されたりしてから独立された方です。大学院修了し就職する頃は、バブル崩壊後の最初の氷河期でした。就職せずに、そのまま独立しようかとも考えていました。もともとずっとアルバイトをしていたので、先輩から「うちに来ないか」と声をかけて頂き、働かせてもらいました。2年目からは下の社員の面倒を見るなどして、会社全体のことも少し把握できるようになっていました。6年間働きましたが、とてもいい経験をさせて頂きました。





なぜ独立を?


昔、ある建築家に「具体的に時期と場所を決めないと独立できないよ」、と言われたことが、ずっと頭の片隅にありました。ですから30歳までには独立すると決めていました。
最初の仕事が、宗教法人が運営している幼稚園です。友人が住職さんと親戚でした。建物も老朽化してきていて、ちょうど建築計画があり声をかけて頂きました。独立したばかりでしたので、一生懸命やってくれると思って頂けたのかもしれません。独立したばかりなのに依頼して頂き、今でも感謝しています。この幼稚園の完成をきっかけに、問い合わせが増え、他の幼稚園や保育園の設計依頼を頂くようになっていきました。









設計で気をつけていることは?


例えば、昔は保育園の設計を手掛ける建築家は少なかったです。保育園に国の補助金が出るようになると、設計者がたくさん集まりました。賃貸住宅も同じです。
20年くらい前は、賃貸住宅を手掛ける建築家は本当に限られていました。賃貸住宅の場合、収益性もとても大切ですので、デザインがしづらい面が出てきます。その点で、積極的に設計しようとする方が少なかったように思います。逆に当社では、収益計画も含めたコンサルティングも行っておりますので、その部分は非常に強みです。

飲食店の対面型厨房にネオン系のオレンジの蛍光灯を使ったりする設計者がいます。本来、料理人からすると、食材の色がしっかり見えなくなってしまい、きちんとした料理が作れません。色濃度は4000Kくらいが適正です。そういう基本的なところは、絶対に落としてはいけないのです。
デザインは格好良さのみが先行するのではなく、「コスト」「使い勝手」「デザイン」のバランスが必ず必要です。もちろん優先順位も重要です。








強みはバランスがとれていること?


そうですね。バランスばかりでも良くないですが、きちんとデザインもされていることです。さらに経済性も重要です。こんな素晴らしい建物ができました。でも予算も倍かかりましたでは、現実の世の中なかなかうまくいきません。建物の場合、きちんとした目的意識とコンセプトが重要です。
家づくりだったら、「どんな家に住みたいのか?」など、コンセプト作りに時間を掛けています。木でいうと幹の部分です。枝葉などの細かい部分は後でも良いのです。幹がしっかりしないと駄目なのです。







大抵の方は、目的などが漠然としていると思いますが?


構いません。それを一緒に紐解いていくのが仕事です。先日もあったのですが、ある土地があって、家の配置やざっとしたゾーニングを幾つかプレゼンテーションしました。家の配置をこういう風にすると、太陽の光がこう入ってきて、リビングは快適になってこんな生活になりますよ。そこで、「こういった暮らしはしたいですか。どう思いますか。」と投げ掛けるところから始めていきます。はじめからプランを提案しても良いのですが、無限の可能性の中から一緒に考えて行く。そして、クライアントが何を要望されているのかを見極めていくのです。この作業の繰り返しは、手間がかかりますが非常に重要です。
また、我々建築家に依頼する場合、このような作業が必要ですので時間は掛かりますし、お客様にも頑張って頂かないといけません。

旦那様と奥様との意見が合わないときは、私たちも交えて、この案の家はこういったメリット・デメリットがあり、この案の家がこんなメリット・デメリットがあるということを、プロとして意見させて頂きます。「あ、それは気付かなかったね」となります。大抵、事前にご夫婦で話されているのですが、話が堂々巡りになることもあるようです。

既成の分譲マンションに住むと、どうしても暮らしの方を合わせていかなければなりません。また、完全にすべてのものをオーダーで製作すると、コストもかなりかかります。私たちの場合イージーオーダーをしながら、自分たちには、何が必要で何が不必要かを一緒に考えていきます。そうすることで、自分達にフィットした家作りができます。これらを含めて様々なプレゼンテーションさせて頂いております。







店舗の場合も、東京駅みたいに多くの人が行き来するような場所なら別ですが、そうでもない場所なら、何かしら表現しなくてはいけないと思います。店主の方が、お客様に何を表現して提供したいのか、ということをいつもお話ししています。
お陰様で、設計させて頂いた店舗は評判になっているお店が多いです。店舗のプロジェクトの場合は、企画段階から入っていきます。そうしないと表面的な話にしかならず、当たり障りのない、店主の意図が伝わりにくいお店になる可能性があります。あとはコストとのバランスですね。





住宅でもそうです。例えば宝飾品のブランドを買うように、有名な建築家にすべてお任せ、というようなことも良いと思います。でも私は、施主さんの持っている感性と同化しながら、一緒に仕事をしていきたいです。





今後はどういった仕事を?



病院を設計したいです。終末医療というか、有床の大きな病院を設計したいです。そういった方に向けて、どういうデザインができるのかと日々考えています。
弊社の設計理念は「ゆりかごから墓場まですべての設計に携わる」ことです。
私自身、人々が暮らす住宅やマンション、子供が遊ぶ幼稚園や保育園、働く場所の事務所ビル、食を楽しむ飲食店、最後に病院といった具合に、人生のすべての段階・場面を網羅した建築家を目指しています。小規模クリニックの設計実績はありますが、有床の病院はこれからです。そういった経験を積むことで、自分の人生の中ですごくプラスになっていきます。仕事をするのは人生のうち長くても5〜60年。その中で、設計させていただいた建物の中に、自分の意志というか、思いや考え方が入り伝わる。そういう風になれたら私の人生も幸せだと思います。

いま、障害者のグループホームを設計していますが、施設として捉えると、押し込め型のプランが非常に多いです。彼らにも、人権もあり自由もあります。各室とも二面採光を確保して、部屋にいても風が抜け、日中も採光が入るという設計にしております。
今後も、いろいろな案を提案しながら、様々な用途の建物の設計活動をしていきたいと思っています。










中尾 英己
有限会社 中尾英己建築設計事務所 代表
住所:〒101-0051
   東京都千代田区神田神保町3-4-29 九段下SSTビル5F
TEL:03-5216-3306

詳しいプロフィール
【編集後記】

夏の暑い日に伺ったにも関わらず、根気よく多くの資料や考え方を教えてくださいました。その話す雰囲気からは、思考の回転が早く基本がぶれないタフな人柄に感じました。コンセプトを深くまで理解し細部まで構築していく手法は、特に大きなプロジェクトになるほど能力を発揮するのでしょう。住宅はもちろん店舗や医療施設なども、こういった信頼感のあるデザイナーに頼みたいですね。

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