周りの環境と敷地全体で読み解く唯一無二の住まいを心掛けて設計しています。
有限会社 ラブアーキテクチャー 代表 浅利 幸男
経歴は?
武蔵野美術大学から芝浦工大大学院へ行き修了後、5年くらい組織事務所にいました。公共建築がメインのところでした。主に中学校や保養施設、火葬場などを担当しました。特に、担当した中学校が、偶然ですが、私の家内の出身校だったのには驚きましたね。その後独立し、ラブアーキテクチャーを立ち上げました。
最初の仕事は、井の頭公園内のカフェでした。学生時代にアルバイトしていたお店が、2店舗目を井の頭公園に出すということで依頼して頂きました。
団塊Jrの世代が家を建てる時期と、自分の独立がたまたま同じ時期だったことや、当時は住宅雑誌も多々存在していて、独立後間も無く雑誌にも結構掲載して頂き、ラッキーだったと思います。
ただ当時は休みなく働いていました。仕事とプライベートを区別することが苦手で、休日にしっかり休むということになかなか慣れませんでした。今ではより良い仕事をするためにも、私もスタッフもしっかり休むようにしています。
設計する上で大切なことは?
住宅の場合、施主は「自分が本当はどういう家に住みたいのか」を言語化し辛いものです。住みたい住宅というのは、対話を重ねるごとに後から立ち上がって、そこから徐々に形になっていくものだと思います。実は、こちらがプレゼンテーションの度にお見せする資料は、施主の志向や生理的反応を確認するためのものでもあるのです。生理的な欲求を掴むのには、やはり一定の時間が掛かります。施主の言葉以前の、潜在的欲求を引き出すことを非常に大事にしています。
以前、小説家の家を設計したのですが、「散らかってないと落ち着かない。散らかっている状態をデザインしてくれ」と言われました。散らかっている、整理されていないものを整理(=デザイン)してくれという、矛盾するものを求められました。5万冊を超える本だけでなく、生活の中で増えていくものをどうするか、すごく考えました。本だけでも壁になるくらいの物量ですが、本棚のみにするのではなく、取り敢えずものが置ける平場を手前に作ることにしました。増えていく小物は本棚の一部として背景になるのです。さらに施主の要望を満たすために、建築だけでなく、すべてのインテリアコーディネートも任せてもらうことにしました。これが前景です。置き家具は1つの方向性に絞るというよりは、あえて属性の異なる様々な家具を同居させました。今後、どのような属性の家具が増えたとしても、必ずどこかにその居場所があるようにしたのです。
少し話が逸れるかも知れないですが、ウチの竣工写真ってほとんど、施主が実際に住んだ後に撮らせて頂くんですね。設計はお住まいになった後の状態を想定していて、それが完成するのは、竣工のタイミングではなくて、暮らしが落ちついてからだと考えているからです。また住宅を依頼されると、嫌がる方も中にはいますが、そのお施主様の元々持っている物の量やサイズを測らせてもらうようにしています。そして、設計ではその量以上の収納スペースを確保しつつ、モノの収納場所や置き場所もある程度決めてしまいます。私はそれをモノのマッピングと呼んでいます。そうすることで、理想の状態を維持し易くなるし、暮らし易くもなる。
竣工後、施主から「私が住みたかった家はこれだったんですね」と言われることがよくあります。「本当に自分が住みたい家」は事前には良く分からなくて、事後的に理解されるものなのです。
依頼の流れは?
依頼の際に、施主から好きなタイプの住宅写真を拝見させて頂く機会がございます。それは施主が今興味あることなのか、ずっと興味を持ち続けられることなのか、そこから問いが始まり、その後の施主との打合せを通じた様々な対話が、僕の思考の起爆剤になるのです。住むことのリアリティを理論的に考えたい。そしてそれを美しく提案していきたいです。「理想の住まいは、施主との対話を通して事後的に理解される」とお話しました。そのため、事前提案はご遠慮させて頂いております。そもそも、施主のことも何も知らないのに、2~3週間で一生住む家をハイっと提案できるわけがないですよね。最初の案と最後の案なんて、全然違いますから。
とはいえ、事前のデザイン提案がないのも不安ですから、希望される施主には、過去に作ったお宅にご案内させて頂くことがしばしばございます。以前のお客様にそのことを話すと、快く「今度は私たちの番ね」と仰います。みなさん、自分たちも通った道だと受け入れて下さることが多いです。経験された施主の話を聞くのが一番いいと思います。施主にはいつも遠慮なく悪口も言ってくださいと言っています。
設計の手法は?
打ち合わせの際、ものすごくメモを取ります。その後、雑談の内容も含めて、見返して再検討します。建築と一緒で、ディテールの積み重ねの先にその人の暮らしの本質が見えてくると考えているからです。施主がインターネットや日々の体験を通じて受信する千差万別な情報と、その人にとって変わらない豊かさや居心地の良さへの探究の間で鍔迫り合いが始まります。
このような個別生理的な欲求とは別に、人間には普遍的な欲求もあると考えています。例えば、人間というのは、周りに壁がある状態というか、敵から完全に隠れつつ敵を見通せる状態が、ある意味一番落ち着くと言われています。そういった人間の本能的な部分もしっかり抑える。最近だと、大きな窓を採用している家が多いですが、ウチが作る家は壁もしっかりある。人間の視界というのはそれほど広くはないですから、背後に不安が残らない。背中に壁があると人間は落ち着くんですよね。そんな人間の持っている普遍的欲求を前提に家を作っていくのです。
建築は空間デザインであると同時に時間デザインでもあります。例えば、部屋と部屋は、人間の記憶で接続されています。前の部屋の余韻を残しながら、次の部屋に移動しているのです。それを施主が豊かに体感できるように考えています。空間の質を表す「厳かさ」や「佇まい」という一見かたちにし辛い情緒的な表現も論理的に導くように心掛けています。
語弊があるかもしれませんが、私は建築の基本設計はデザインではなく理論構築だと考えています。
以上のような複雑な連立方程式が解けたとき、何だか上手く言えないですけど、神懸かっているようなそんな美しい状態に見えてきます。
他には、多くはないですが土地探しなどもお手伝いすることがあります。 多くの方が土地の評価額や駅から何分といった客観的数値だけで判断しがちです。本当はそれだけでなく「住む」ということを主軸に考えて、街が住民に愛されているかなど、本当の意味での周辺環境にもっと敏感になって探したら良いのではないかと考えます。我が家は、子供が近所の方とキャッチボールをしてもらったり、色々とお世話をしてもらっています。すごくありがたい環境です。 また、土地に比べて築年数が経った建築物は、一般的に資産価値が目減りしていきます。私はしっかり設計されたものは、時間と共に資産価値が減るのではなく、逆に増していくのではないかと考えています。例えば、以前作った集合住宅は竣工時より数年経った売却時の方が高値になったり、個人住宅でも、ご家族が海外赴任する際に貸し出したら、かなりの高額で貸せたりしています。 そういった視点に立てば、土地と建物の予算配分も変わってくると思います。
コミュニケーション方法は?
施主は、ご自身がお住まいになりたい家を、なかなか上手く表現できないことがあると思いますが、それで良いと思います。考え込んで言語化できなくても、十分伝わっています。その真意をこちらで汲み取って、こうやればこう、こっちでやればこうというように二つの提案をしてみたり、打ち合せの結果、前案をひっくり返すこともあります。
私は生々しい人間存在について深く考え、それに相応しい環境について理論構築するのが好きです。以前、お一人住まいの120平米の家をリノベーションする機会がございまして、施主が「私、この広い家で、ソファーに寝転がってテレビ観て、一日過ごすのよ」とおっしゃいました。その時私は「良いこと言うな~」と思いました。そういう借り物ではない言葉を、しっかり逃さず設計につなげていくことが大事です。この一言ですごく良い課題「一人で住むのに最適な120平米」ができたんです。120平米を一人の身体スケールに丁度良い大きさの部屋に分割し、廊下を介さず直接連結することにしたんです。お一人だからプライバシーのON/OFFスイッチとしての廊下は必要ないですよね。同時に120平米の広がりも感じさせたかったので、モールディングを通して、隣の部屋が風景として切り取られるようにしたんです。
雑談の中に隠された、ポロっと発した発言などの方が本当の姿に近いと思います。そういう意味では問題提起や課題は、施主からは出ないものなのです。自分で作った問題を、自分で論理的に解決していくのが建築家だと思うんです。良い問題を作ることが出来れば良い回答=良い住宅が生まれます。
知への探究心が細部に表れる理論構築のお話を聞いて、同じもの作りに携わるものとして深く同意しつつも、そこまで考えて実行するのかーと驚きを隠せなかったですね。基本的に、建築家といった職業の方は理論的思考が得意なのですが、この方は頭一個抜けているのでは?と思いつつも、これについて行くスタッフは大変だなぁなんて思ったりもして。でも逆に、若手育成が難しくなってしまった近年では、非常に貴重な体験をさせてくれるのかもしれません。若手の方、ここの事務所オススメです!
この記事へのコメントはありません。