栗田祥弘建築都市研究所が手がける
ヨックモックミュージアム
今話題のヨックモックミュージアムの設計を手がけた栗田祥弘さんにオープン前の工事中の館内を案内して頂きながらお話を伺いました。
ピカソの芸術性に惹かれたお菓子づくり
ーーーーーなぜヨックモックがピカソ作品の美術館を作ることになったのでしょうか?
(栗田さん)
ヨックモックとピカソのセラミック(陶器)との出会いは、現ヨックモック会長でヨックモックミュージアム館長の藤縄利康さんが友人からピカソセラミックを見せてもらったことから始まります。その作品を見た瞬間に、藤縄会長はピカソの創造性や色彩にほれ込んでしまったようです。
とくにピカソセラミックは、陶器という性質からも日常生活の延長上にあります。そういう部分からもヨックモックのお菓子と相性が良いと考えたようです。
初代の藤縄則一さんが口癖のように言われていた「お菓子は創造するもの」という言葉は、お菓子づくりの原点を再認識し後世に伝えるものととらえていたようです。その結果、30年かけて500点以上のピカソセラミックの作品を収集されました。そのコレクションからテーマに沿って展示していきます。
株式会社イシマルによる施行中の地下展示室インテリア(建築施工は株式会社佐藤秀)
ーーーーー設計期間は?
(栗田さん)
約5年間かかりました。最初に施主に言われたのは、「私たちと一緒に考えてくれる建築家と美術館を作り上げていきたい」という言葉でした。施主の想いを理解して実現してくれる人がこのプロジェクトに参加する条件でした。土地探しからスタートしましたが、最初は、ピカソの陶芸製作の環境に近い自然豊かな場所を考えていました。ただ、より多くのみなさんに見てもらえるように東京の落ち着いた場所を探すようになりました。徐々にイメージができてきて、美術館なのにまるで「邸宅に友人を招き入れるような環境」にしたいと意見が一致し、閑静な住居エリアにひっそりとたたずめる場所を探しました。結果、ヨックモック青山本店から徒歩圏内の南青山の住宅街の土地と出会うことができました。
「ピカソの陶芸環境に近い自然豊かな美術館を南青山につくる」ということで、参考にしたのが「市中の山居」という考え方でした。お茶の世界でよく使われるのですが、都市の中であっても茶室の一凛の花や小さな庭からでも山居のような静寂を感じることができる、という言葉です。設計としては、小さいながらも展示室やカフェに自然の光や風を導く中庭をデザインし、ヨックモックのロゴにもなっているハナミズキの木を植えることにしました。
作品への愛情とリスペクトから生まれる設計
緻密に計算された図面
(栗田さん)
藤縄館長がプロジェクトを始めるにあたって「ピカソセラミックと自然光」について話してくれたことをよく覚えています。
「ピカソのセラミックを自然光のもとでみると非常に鮮やかな色彩が浮かび上がってきます。その本当の鮮やかさを来館者のみなさんに見てもらいたいのです。」
このストーリーと館長の思いに感銘し、2階の展示室は柔らかな自然光の入る展示室を目指しました。セラミックは表面に釉薬をかけて焼いているため、そもそも紫外線や自然光に強いのですが、ガラスには紫外線カットフィルムを付け安全性を高めています。
(栗田さん)
美術館というのは当然、作品が主役であり、またその作品を見る環境がとても大事です。設計行為というのはあくまでも作品のサポート役でしかないのです。すべての建築やその他の行為は作品への愛情やリスペクトの延長線上になければいけません。
実は私がオランダにいた頃、現代美術のアーティストと仕事をしていました。彼は40代で国立美術館に作品を納めるアーティストで、常々、作品を美術館に収めることで、作品と人や社会との関係がいびつに歪められてしまうと懸念していました。そこで、もう少しアート作品が人や社会に繋がるようになるにはどうしたら良いかと、建築家や都市計画とコンセプト作りの段階から検討し、その中にアートを組み込んでいく活動をしていました。
非常に興味深かったこともありスタッフとして3年ほど仕事をして、アーティストの視点から建築を考えていくということを学んでいきました。今回の美術館づくりではその経験が生かせないかと思い努力してきました。
企画展の展示計画はゲストキュレーターとしてピカソ研究を専門としている松井裕美さんにお願いして、ピカソ作品の日常性の延長からできるアートについての解説をしてくれています。松井さんの解説をもとに館長、副館長、学芸員などと一緒になってどう展示するのが良いのかをワイワイ時間をかけて検討してきました。
(栗田さん)
この自動ドアですが見た目の違いが分かるでしょうか。通常は自動ドアの上部にエンジンを設置するのですが、そうするとサッシのフレームが太くいびつになり全体のバランスがおかしくなってしまいます。そこでエンジンを、施工者に無理を言って床部分に組み込んで見えなくなるようお願いしました。なかなか気付く人は少ないでしょうが、違和感のない気持ちよさを感じてもらえればと思っています。
(栗田さん)
もともとこの場所は風除室としての機能があります。作品の材質のよっては温湿度の影響を受けないものもありますので、ドアを開け放しにして展示室と一体の空間として体感してもらうことも可能です。
(栗田さん)
空調は全館管理をしています。床から吹き出して上部で吸い込んでいます。建物の上部に空冷ヒートポンプチラーがあり、地下にあるエアハンドリングユニットからダクトを通じて全館の空調を管理します。
ヨックモックミュージアムの外観
(栗田さん)
ヨックモック本店は外壁を青いタイルでインパクトを出していましたが、ヨックモックミュージアムは住宅地に計画するということで、あまり特定の色が強く出しすぎないように配慮しました。外壁は白土の素材感を生かした煉瓦タイルとし、8種類のサイズと粗さを混ぜてナチュラルな表現としています。白い外壁自体は地面から少し浮かし、屋根からもスリットをいれて少し浮かすことで軽やかな白い幕が美術館を優しく包みこむかのようにしました。優しく包まれた内側には明るい中庭があり、そのまわりに落ち着いてたたずめるカフェやライブラリーなどの居場所を計画しています。
屋根は、ピカソが陶芸生活を送ったフランスのコートダジュール地方の瓦形状にならってバレル型の瓦を採用しました。瓦の色もコーポレートカラーの青としました。製作は、愛知の三州瓦の製造会社に一つ一つ手作りで粘土加工、釉薬塗りをしてもらい、館長夫妻と共に工場へうかがい、青の色合いの最終調整等を決めていきました。4種類の色の組み合わせをナチュラルに混ぜ合わせてています。樋は瓦の中に内樋として組み込んで存在感を消すよう工夫しています。
工事規模 | 敷地面積:318.82㎡ / 建築面積:222.77㎡ / 延床面積:902.00㎡ |
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構造 | 鉄骨ブレース構造一部鉄筋コンクリート造・地上2階地下3階建て |
竣工時期 | 2022年7月 |
予算 | -万円 |
施工会社 | 建築施工:株式会社佐藤秀、カフェ内装施工:株式会社イシマル |
用途 | 美術館・飲食店 |
設計デザイナー | 栗田祥弘 |
長い設計期間をかけて完成したヨックモックミュージアム。ヨックモック会長の藤縄利康さんの思いを栗田さんが形にしました。多くの事業家がそうであるように、自身の理念や信念を後の世代に伝えることの難しさを事業継承の難題に挙げています。その中で、この美術館を作ることの意義はきっとヨックモックの役員をはじめとする幹部はもちろん、末端の従業員にもクリエイションとは何かということを投げ掛けてくれることでしょう。後世まで残る美術館として創造的な展示を期待しています。
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